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銀河鉄道株式会社 地球本社

メガロポリス総合研究所

Megaropolice Research InstituteCo.,Ltd.

青が散るさん管理人の「メガロポリス総合研究所」が閉鎖に伴い、当社がレポートを引き継ぐことになりました。青が散るさんがまとめた貴重なレポートを保管しています。



026 松本作品の輪-2

−輪≠ゥら時の輪≠ヨ−

 
 1982年、劇場版『1000年女王』公開前に松本零士は雑誌のインタビューにおいて輪≠ノついてさらに次のように語った。
 全国に熱い999ブームを巻きおこし、現在も劇場で大好評を博している『さよなら銀河鉄道999』に続き、テレビ放映中の『新竹取物語 1000年女王』も'82春に劇場公開決定。さらに、'82年夏には『わが青春のアルカディア』が劇場にかかる。つまり、この一年の間に、三本もの松本アニメ≠ェ見られる―いわば松本フィーバー≠フ一年間となるわけだ。'79年夏に公開された『銀河鉄道999(劇場パートT)』と合わせて、松本アニメ劇場作品を、四つの大きな宇宙の海の物語≠ニ考えることができる。
 まず、これらの作品の関係を、松本氏に聞いてみた。

松本 「エー、まだこちらも作っている段階なのでハッキリ言うことはできないのですが、その四つの作品を通すと、ひとつの大きな、輪≠ェできあがることになります。つまり、ひとつひとつの作品は、その輪を構成する、たいせつな要素といえますね。まあ、叙事詩≠ネんてだいそれた考えかたはしていませんが、作者として(作品を)関連づけておきたいのです。
 この4部作に登場するキャラクター―ハーロック、メーテル、エメラルダス、大山トチローたちもすべてひとつの強いきずなで結ばれているという。
松本 「キャラクターというのは、私の分身であり、親兄弟に匹敵する存在なんです。ですから、彼ら同志もまた、親戚関係にあるわけです。
 このように、ちがう作品に登場しているキャラクターが関係づけられているのは、ごくめずらしい作りかただ。この巨大な流れ≠ニいうのは、どこから生まれたものなのだろうか?
松本 「たとえば、大山トチローという男がいる。そのキャラクターは、いわば俳優と同じで、たとえ名前を変えようが、本質は変わらないのです。つまり、どの作品に登場しようが、同じ役なんですそういう世界を構成したかったことと、さらに大きな意味では自分の内にある小宇宙≠作りたいんです。私自身がたのしみつつ、世界をまとめるわけです。
 作品と作品のつながりは『999』と『1000年女王』にもある。なんと『1000年女王』の雪野弥生の本名はラー・アンドロメダ・プロメシューム≠ニいうのだ。これは、メーテルの母プロメシュームとどう関係するのだろう?
松本 「弥生とプロメシューム、そしてメーテルは、プロメシューム≠ニいう血縁一族なんです。たとえば、松本さんという一族が、500年前も存在していたのと同じことです。『1000年女王』と『999』は、2万年ほど時代がちがいますが、強いかかわりがあります。ひょっとすると、同一人物なのかもしれませんよ。今はまだ断定していえませんが。
(『アニメディア』1981年10月号、学習研究社、6頁)
 プロメシューム、メーテルと雪野弥生は同じ流れをくむ同族だとわかった。では、なぜその一族である人たちを『999』と『1000年女王』という別作品に登場させたのか。

松本 「これは、メーテルにしろ弥生にしろ、それぞれ愛着のあるキャラクターだからです。メーテルと弥生は、かなり近い縁にあるのですが―たとえばメーテルの故郷ラーメタルは、2万年前には、太陽系に飛来した遊星ラーメタル―つまり、弥生の出身地なんですよ。でも、人間それぞれ個性がちがうのと同じ意味で、メーテルと弥生は、少しずつちがうのです。それに、2万年という時の流れが、ふたりのあいだにありますし……。この時の流れの輪を、私の世界の中で作りたいと思っているんです。とくに女性は、子を産むことで、新しい命を創造しますよね。私はこのことを、ひとつの時の輪と考えているのです。
(『アニメディア』1981年10月号、学習研究社、10頁)
 松本ワールド≠フさまざまな構造が解明され、巨大な4部作の最後をしめくくることになる『わが青春のアルカディア』だが、松本氏の宇宙の海の物語≠焉Aそこで完結するのだろうか?
松本 「そうですねえ。『999』の二作と『1000年女王』『わが青春のアルカディア』の四作で、その世界の重要なポイントは、ほぼ描けるはずです。『わが青春のアルカディア』が、その総まとめ的になることも確かです。でも、じつを言うと、それだけで全部じゃあないんです。前にお話したように、私の作品はひとつの大きな輪≠ノなっているのですが、クシの歯が抜けているように、ところどころに欠けがあるんですよ。まア、その世界のすべてをうめることが可能かどうか、まだ確信は持てないけれど、全力で描き続けていきます。そのために、『わが青春のアルカディア』をひとつのくぎりと考えて、その前に作る『1000年女王』とともに、いっしょうけんめいやります。
(『アニメディア』1981年10月号、学習研究社、14頁)
 宇宙の海の物語≠ノは、劇場の4部作だけではなく、松本氏のさまざまな作品が関係している。『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』と『QUEENエメラルダス』は、もちろん輪≠フ中のひとつだが、まだまだほかにもありそうだ。たとえば時間≠サのものをテーマにした『ミライザーバン』も、関係があるのではなかろうか。」

松本 「エー、あの作品も、私の世界の大きな流れのなかに組みこまれるはずだったのですが、雑誌の連載が途中で挫折してしまったため、自分の中でもうまく整理されていないんですよ。まあ時間≠ニいうのは、ほんとうに始めと終わりがあるのかどうかダレにもわからんということで、ホラのふきほうだいをしたものです(笑)。
(『アニメディア』1981年10月号、学習研究社、18頁)
 
 松本零士の語った、
たとえば、大山トチローという男がいる。そのキャラクターは、いわば俳優と同じで、たとえ名前を変えようが、本質は変わらないのです。つまり、どの作品に登場しようが、同じ役なんですそういう世界を構成したかったことと、さらに大きな意味では自分の内にある小宇宙≠作りたいんです。私自身がたのしみつつ、世界をまとめるわけです。
 ということから、輪≠構成していくことは松本零士の自分の内にある小宇宙≠作ることに通じていることがわかった。
 また、
キャラクターというのは、私の分身であり、親兄弟に匹敵する存在なんです。ですから、彼ら同志もまた、親戚関係にあるわけです。
 ということから、松本零士の作品の枠を越えて各作品に登場したキャラクター達は、役としてストーリーに密接に関わるだけではなく、すべてひとつの強いきずなでむすばれている同志として、輪≠構成している各作品に登場していたのである。
 さらに、松本零士の語った、
メーテルと弥生は、かなり近い縁にあるのですが―たとえばメーテルの故郷ラーメタルは、2万年前には、太陽系に飛来した遊星ラーメタル―つまり、弥生の出身地なんですよ。でも、人間それぞれ個性がちがうのと同じ意味で、メーテルと弥生は、少しずつちがうのです。それに、2万年という時の流れが、ふたりのあいだにありますし……。この時の流れの輪を、私の世界の中で作りたいと思っているんです。とくに女性は、子を産むことで、新しい命を創造しますよね。私はこのことを、ひとつの時の輪と考えているのです。
 とういうことから、輪≠ニは、時の輪≠ナあることがわかった。
 松本零士が時の輪≠語った同じ1981年に原作版『銀河鉄道999』の最終話においてメーテルは鉄郎に「遠く時の輪の接するところで…まためぐりあいましょう…」(原作版『銀河鉄道999』第18巻、少年画報社、1981年、206頁)という謎の別れの言葉を残して去って行ったのである。
 

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