| 024 車掌の正体と過去 |
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−車掌はなぜ透明の体になったのか?−
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車掌 「私もやっと目がさめましたよ」
鉄郎 「ええ?」
車掌 「生身の体がいいか、機械の体がいいか…迷いに迷っていた自分が恥ずかしいです。こうなったら絶対になります!」
鉄郎 「どっちに?」
車掌 「ああイヤですね、元の体にですよ」
鉄郎 「あっああ!?これじゃおフロへ入っても仕方ないな」
劇場版『さよなら銀河鉄道999』(1981年公開) |
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劇場版『さよなら銀河鉄道999』において、車掌は鉄郎に自分が透明の体であることを告白した。
松本零士は劇場版『さよなら銀河鉄道999』公開後の雑誌インタビューに次のように語っている。 |
「もとは人間で、体は冥王星に置いてあるわけです。それでも、どちらがよいか迷いに迷うから、機械の体ももらわずに、服の中に生命体だけが入っているという、けったいな形になってしまっています。しかし、やっと目がさめるわけです。これからは体をもとにもどして人間としての生涯を歩み始めることでしょう。やはり、その後も、999には、乗務すると思います。」
(『アニメディア』1981年9月号、学習研究社、9頁) |
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| このフィメールに対して車掌は鉄郎に次のように語った。 |
「フィメールは私が大金持ちかなんかになっていれば満足したんでしょう 私はフィメールが乗りこんで来たときからわかっていました あの女だと………あれは昔の私の恋人です………若いころ…夜空を見上げてともに未来を語りあった女です………フィメールは本当の名前ではありません……名前は……いえ もうすんだことです 名前なんてどうでもいいですね どうでも……」
(原作版『銀河鉄道999 8巻』「フィメールの思い出」少年画報社、1979年、146頁) |
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車掌の夢とは金持ちになることだったのだろうか。その夢が車掌の透明の体と関係しているのだろうか。
その答えは劇場版『銀河鉄道999』(1979年公開)の小説版にあった。
小説版によれば、車掌も銀河鉄道999の乗客であった過去があるだ。
この時代、機械の体がお金持ちのステータスでありお金持ちになるためには必要条件だったとすれば、車掌がフィメールに語った夢を実現するために999号に乗ったと考えれば不思議なことではない。
銀河鉄道999の世界において、車掌が鉄郎に正体を告白するのは劇場版『さよなら銀河鉄道999』(1981年公開)であると一般的には思われているが、実は前作劇場版の小説版で一足先に車掌は鉄郎に正体を告白していたのであった。
その小説版で車掌は鉄郎に次のように語っている。 |
「あははは、鉄郎さん、驚かれましたか。ご覧の通り私には肉体がありません。いえ……生まれつきではないのです。当時、貧しかった私は何とかして機械の体をただでくれる星に行こうと決心してこの999号に乗ったんです。でも私には鉄郎さんの様な強い信念もなければ勇気もありませんでした。そう……ダメ人間の見本みたいな男でしたよ。それで急に恐くなったんです。それに生身の体を失ってしまうのも惜しい気がするし……といって限られた命でも困るし、また機械の体をもらったところで、その先がどんなことになるのか……これも不安のタネでした。
私は座席で立ったり座ったり、泣きながら通路をうろうろして迷いに迷いました。それでようやく決心して、やっぱり地球へ引き返そうと考えましたが、鉄郎さんもご存じの通り999号には規則がありまして引き返すことは出来ません。その挙げ句の果てに最初の駅で脱走しようとしたところを捕らえられ、罰せられた果てが……このざまです。
それ以来、私は生身でもない、機械でもない、全く体のない命のエネルギーだけのお化け同然の姿になって、永久にこの999号の車掌で働くことを命じられたというわけです。ですからこの制服は、臆病者の烙印を押された世にも恥ずべき体のない体を隠すためのものなんですよ。」
(『銀河鉄道999(小説ヤング版)下巻』1979年、少年画報社、206〜207頁) |
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| つまり、車掌は銀河鉄道999の規則を破ったために罰せられ、透明な体にされてしまったのである。 |
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MRI
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025 松本作品の輪-1
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