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銀河鉄道株式会社 地球本社

メガロポリス総合研究所

Megaropolice Research InstituteCo.,Ltd.

青が散るさん管理人の「メガロポリス総合研究所」が閉鎖に伴い、当社がレポートを引き継ぐことになりました。青が散るさんがまとめた貴重なレポートを保管しています。



005 メーテルの過去-1

−メーテルは1000年女王なのか!?−

 
 冥王星に眠るメーテルの昔の体とは?メーテルの正体をさらに追求するためには、やはり過去も明解にする必要があるようだ。
 よって、『銀河鉄道999』の過去にあたるといわれている『1000年女王』との関係について整理していくことにする。
 劇場版『銀河鉄道999』(1979年公開)の中で鉄郎は、
メーテルはいったい氷の墓場で何を見ていたんだ…メーテルってどんな過去があるんだ…あっそうだ
とドリーム・センサーを眠っているメーテルの額につけようとする。
 しかし、
…メーテルの過去を知ってどうするっていうんだ…知らなくたって、そんなもの知らなくたっていいじゃないか、えい!
とドリーム・センサーを床に叩きつけて踏み潰してしまったのだ。
 メーテルの過去は謎に包まれている。松本零士は、劇場版『銀河鉄道999』公開(1979年8月)と劇場版『さよなら銀河鉄道999』公開(1981年8月)のちょうど間の1980年7月の雑誌インタビューに次のように語った。
AM  「『999』の話がでたところで81年春公開予定のパート2についておうかがいしたいんですが!?
松本 「ちょっと早すぎますね、まだ(笑)。もっとも、この『ヤマト』と同じようなメモは、すでにスタッフに渡してある。メモの公開ですか!?かんべんしてください(笑)。ただこれだけはいえる。前回を前編とするなら、今回は後編です。
AM  「しかし、メーテルの正体はわかってしまったのでは!?
松本 「だから、メーテルは“人間”ですよ。けど、彼女の前と後、つまり、過去と先行きはまだ描いていない。そういう意味じゃ、今回の『999』は、その先行きを描くわけだから、その前後をカバーするもう1本の『999』が必要です。じつをいうと、その物語もすでにアニメ作品として始動しています。
(『アニメージュ』1980年7月号、徳間書店、42頁)
「その物語もすでにアニメ作品として始動しています」というのは、『1000年女王』のことと思われる。なぜなら、1980年1月28日に原作版『1000年女王』のサンケイ新聞連載が開始され、当時アニメ化の企画がこの時期進んでいたのは『1000年女王』だけだったからである。
 そうすると、『1000年女王』という物語は、メーテルの過去を描く作品であったのだろうか?
 さらに同じ1980年の春、松本零士はもっと具体的なことを雑誌の座談会で次のように語っていた。
メーテルは、今、ある作品で(『1000年女王』サンケイ新聞連載)メーテルのお母さんの話を描いてるんですね。ですから、鉄郎とめぐりあう前のメーテルの話というのが、別に一つあるわけです
(『アニメ画集 銀河鉄道999 PART9 週間少年キング陽春大増刊4月20日号』少年画報社、1980年、87頁)
 つまり、『1000年女王』に登場する1000年女王(地球名=雪野弥生・ラーメタル名=ラー・アンドロメダ・プロメシュームU世)とは、メーテルの母である機械化帝国の女王プロメシュームのことなのだろうか?
 1981年4月16日、テレビ版『新竹取物語1000年女王』(フジテレビ系全国ネット)がスタートする。
 そして、8月の劇場版『さよなら銀河鉄道999』公開を前に松本零士は雑誌のインタビューに次のように語った。
WW 「それは楽しみですね。ところで、このPART4の最後で、雪野弥生さんが、ラーメタルでは、『ラ・アンドロメダ・プロメシューム』という名前であるとなっていますが、メーテルの母親もプロメシューム…関連性があるんですか……。
松本 「ええ、これは、『999』の映画を見ていただければ、はっきりわかるでしょう。ですから、ちょっとバラせば、この『1000年女王』は、メーテルの母親にまつわる物語、つまり、時間的には『999』以前のもので、私の宇宙物にとって、絶対に欠かせない作品なんです。この『1000年女王』が無いと、一つの輪のいちばん重要な接点が無くなるんです
※WW→ワクワク編集部
※松本→松本零士
(『ワクワクシリーズ 新竹取物語1000年女王(劇画板) PART4』サンケイ出版、1981年、124〜125頁)
 よって、1981年の劇場版『さよなら銀河鉄道999』公開前の段階では、1000年女王(地球名=雪野弥生・ラーメタル名=ラー・アンドロメダ・プロメシュームU世)の正体はプロメシュームであると思われていた。このコメントの中で松本零士は「『999』の映画を見ていただければ、はっきりわかるでしょう」と言っている。
 つまり、劇場版『さよなら銀河鉄道999』(1981年公開)を見れば、1000年女王とプロメシュームの関連性がわかると言っているのだ。
 そして、劇場版『さよなら銀河鉄道999』に惑星ヘビーメルダーを1000年周期の楕円軌道で廻っている衛生として、「惑星ラーメタル」が登場した。この星は、『1000年女王』に登場する太陽を1000年周期でめぐっている「遊星ラーメタル」と同じ名前であった。
 この2つの物語のラーメタル星は同じ星なのだろうか?しかし、劇場版『さよなら銀河鉄道999』において、『1000年女王』との関連性については何も触れられなかったのである。
 劇場版『さよなら銀河鉄道999』公開後の9月、雑誌に松本零士の次のようなインタビュー記事が載った。
メーテルの生まれ故郷というのは、わたしがかつて思春期の頃書いていた「アルカディア・シンフォニー」というまんががあるんですよ。その舞台をね、17・8の頃、自分の憧れていた世界をそこに描くわけですが、思春期ですから、誠に他愛ないと言ってしまえば他愛ないですけど、万人共通の夢みたいな部分を、メーテルの生まれ故郷にあてはめて描いているわけです。
 でも、メーテルの生い立ちっていうのは曖昧なところがどうしても残りますよね、それが逆に夢だと。自分の恋人が同次元にあったら面白くないだろう、ということで、今回も夢の部分は残します
(『OUT』1981年9月号、みのり書房、44頁)
 そして1981年の秋、松本零士の1000年女王の正体のコメントに微妙な変化が出始めるのである。
 それは、10月の雑誌のインタビューに松本零士が次のように語ったことによる。  
 作品と作品のつながりは『999』と『1000年女王』にもある。なんと『1000年女王』の雪野弥生の本名は“ラー・アンドロメダ・プロメシューム”というのだ。これは、メーテルの母プロメシュームとどう関係するのだろう?
松本 弥生とプロメシューム、そしてメーテルは、“プロメシューム”という血縁一族なんです。たとえば、松本さんという一族が、500年前も存在していたのと同じことです。『1000年女王』と『999』は2万年ほど時代がちがいますが、強いかかわりがあります。ひょっとすると、同一人物なのかもしれませんよ。今はまだ断定していえませんが。(6頁)
(中略)
 プロメシューム、メーテルと雪野弥生は同じ流れをくむ同族だとわかった。では、なぜその一族である人たちを『999』と『1000年女王』という別作品に登場させたのか。
松本 「これは、メーテルにしろ弥生にしろ、それぞれ愛着のあるキャラクターだからです。メーテルと弥生は、かなり近い縁にあるのですが―たとえばメーテルの故郷ラーメタルは、2万年前には、太陽系に飛来した遊星ラーメタル―つまり、弥生の出身地なんですよ。でも人間それぞれ個性がちがうのと同じ意味で、メーテルと弥生は、少しずつちがうのです。それに、2万年という時の流れが、ふたりのあいだにありますし……。この時の流れの輪を、私の世界の中で作りたいと思っているんです。とくに女性は、子を産むことで、新しい命を創造しますよね。私はこのことを、ひとつの時の輪と考えているのです。(10頁)
(『アニメディア』1981年10月号、学習研究社)
 このインタビューの中で松本零士が、「ひょっとすると、同一人物なのかもしれませんよ。」と言っているのは、1000年女王とプロメシュームのことなのだろうか?それとも、1000年女王とメーテルのことなのだろうか?
 松本零士はこのインタビューの後半では、1000年女王とメーテルの関係に絞ってコメントしている。なぜ、松本零士は今まで、1000年女王とプロメシュームの関係について語ってきたのに、ここにきて1000年女王とメーテルとの関係に焦点を当て始めたのか?
 この微妙な変化は、1982年の劇場版『1000年女王』公開の伏線だったのである。 
 さて、1982年の劇場版『1000年女王』(1000年女王制作委員会)公開前になると、事態に大きな変化が起きた。
 それは、『1000年女王』クイズなるものが次のように発表されたからである。
[問題] 1000年女王の正体はつぎのうちどれか
(A) プロメシューム
(B) メーテル
(C) エメラルダス
(東映・洋画宣伝室)
 さらに、「1000年女王はメーテルなのか?」という劇場版の予告CMもさかんに流れ始めたのだ。
 はたして、1000年女王は、プロメーシュームとメーテルのどちらなのだろうか?
 そして、3月に劇場版『1000年女王』(1000年女王制作委員会)が公開された。
 劇場版『1000年女王』によって1000年女王の正体は、明らかにならなかった。
 しかし、劇場版『1000年女王』公開後の5月、松本零士自身がクイズの答えを語った記事が次のように雑誌に載った。
―   「愚問かもしれませんが、クイズに出ていた雪野弥生の正体は?
松本 「だから、あれはメーテルそのものと思ってもらえばいいんです。だから雪野弥生がこうやって地球から去っていって、大分時間が経っている。もう一本作品入れなきゃつながらないけど、少なくとも雪野弥生の心はね、メーテルに受けつがれているんです。身体という問題ではなくてね、心という問題はすべてメーテルが自分の中に持っている世界だと。『1000年女王』の後に一本あって、その次が『アルカディア』なんですよ。『アルカディア』があって、『999』へつながっていくんです。ストレートにね。だから、時代的に言うと『1000年女王』と『アルカディア』の中間があるわけです
(『マイアニメ』1982年5月号、秋田書店、122頁)

「少なくとも雪野弥生の心はね、メーテルに受けつがれているんです。身体という問題ではなくてね、心という問題はすべてメーテルが自分の中に持っている世界だと。」というコメントから、今のメーテルの体は、鉄郎の母(星野加奈江)のクローン体であるが魂及び昔の体は、1000年女王(雪野弥生)であると考えることができる。
 さらに、松本零士は劇場版『わが青春のアルカディア』(1982年公開)特集のロマンアルバムの中で次のようにコメントし、はっきりと結論を出したのだ。
弥生とメーテルは完全な同一人物です。『1000年女王』のラストから弥生(メーテル)の苦しく長い旅が始まっています
(『ロマンアルバム・エクストラ52 わが青春のアルカディア』徳間書店、1982年、116頁)
 つまり、1000年女王は、メーテルだったのである。
 一般的に劇場版『1000年女王』の1000年女王は聖女王ラーレラとの戦いに傷つき、ラストで生きを引き取ったと思われていることが多いようだ。
 しかし、ラストまでよく見ていると、ラーメタル星へと帰郷するゴンドラの中で、1000年女王は再び目を開けているのである。
 松本零士はこのラストについて雑誌インタビューで次のようにコメントしている。
あのラストシーンは、特に注文なさったわけですか?
松本「金色の?あれは、最後に目がさめないようにしてくれという……目がさめたらいけませんよとね、一種の催眠術ですからね、最後に白けちゃ具合悪いわけですよ
(『マイアニメ』1982年5月号、秋田書店、121頁)
 つまり、1000年女王は催眠状態にあり、死んではいなかったのである。
 やはり、1000年女王は、メーテルだったのだ。
 ただし、この設定がこの時点までとは誰が思ったであろうか。
 

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006 メーテルの過去-2

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